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人財育成・研修設計に関するお役立ちコラム
前回のコラムで、「学びの9割は、研修の外で起きている」というお話をしました。
しかし、こんな声が聞こえてきそうです。
「その“見えない9割”から、評価の指標なんて、本当につくれるのか?」
私は、つくれると考えています。ただし、いくつか押さえておきたい前提があります。
目次
学びの多くは、特別な研修ではなく「日々の気づきの中」にある 経験から学ぶ「サイクル」を、行動の痕跡としてとらえる 「ささやかな日常」を、指標の土台にする:平和学からのヒント 落とし穴:指標は、賞罰と直結させた瞬間に壊れてしまう おわりに:指標は「現場と一緒に」みんなの知恵でつくる「人の成長の7割は困難な仕事の経験から、2割は人からの学び、そして研修からの直接的な学びは1割にすぎない」。
前回ご紹介した「70:20:10」です。もとになったのは、米国の大手企業6社の経営幹部191名に「あなたを成長させた出来事は何か」を尋ねた調査(McCall ほか, 1988)で、この比率自体は、そこから後年、人財育成の世界で広まった経験則です。
また、別の研究の系譜も同じ方向を指しています。職場での学びの多くは、研修のように形の定まった場ではなく、日々の業務のなかの試行錯誤や対話、観察といった、本人も気づかないうちに進む学び(インフォーマル学習)から生まれている、というものです。
この2つの知見から、職場における学びの多くが、特別な研修の場ではなく、ごく普通の日常のなかで、静かに起きていることが見えてきます。
問題は、その「毎日」の学びをどうやって言語化し、評価につながる指標にするかです。
この大きなヒントとなる考え方が「経験学習モデル(Experiential Learning Model)」です。
アメリカの組織行動学者であるデイヴィッド・コルブ(David A. Kolb)が提唱した「経験学習モデル」は、人が日々の経験から学び、成長するための4つのプロセスを円環状(サイクル)で表現しています。
学びを単なる「体験」で終わらせず、〈具体的経験(やってみる)→ 内省的観察(振り返る)→ 抽象的概念化(教訓を引き出す)→ 能動的実験(また試す)〉を意図的に回すことで、より深い学びと成長が得られるとされています。
従来の経験学習モデルは「個人の内面的な成長プロセス」として語られることが多くありましたが、WPL3.0ではこれを「職場の日常で回し続けるための学習エンジン」としてシステムの中に組み込んでいます。
既存の学術的フレームワークを単なる理論にとどめず、組織の文脈に合わせた実践的な仕組みへと昇華させている点に、WPL3.0のコンセプトの秀逸さと探究的な面白さがあります。
当然ながら、このサイクルの主人公は「学びの当人」ですが、上司や職場の役割は、その人が輪を回すのをそっと後押しすることであり、伸びていく人は、この輪を自分で回せるようになっている人と言われています。

コルブの経験学習モデル(Experiential Learning Model)(Kolb, 1984 をもとに作成)
では、この「経験学習モデル」がうまく機能しているかは、どうすれば分かるのでしょうか。
会社の売上や人材定着率といった公式な結果が出る前に、「今週、振り返りを言葉にした回数は?」「少し背伸びした仕事を任せた回数は?」「教え合いは起きた?」など、小さな気づきを言葉にし、評価の観点として取り入れていくことで、日常の学びが起きている兆しと、そこから組織文化が育っていく経過を、捉えることができます。
では、小さな気づきから、どのように指標の土台をつくっていけるのでしょうか。
少し意外な分野の研究をヒントにご紹介します。平和学(Peace Studies)で実践と研究が進んでいる、日常の出来事から指標を導き出すという取り組みです。
紛争後の地域で、その地域に「本当に平和が戻ってきたか」を測るとき、これまでは平和協定が結ばれたか、武力衝突の件数の減少など、政治的な情報や統計が使われてきました。しかし、それでは武力衝突の数の変化しか見えず、女性や子どもなど、そこに生きる人々が本当に取り戻したかった日常が戻ってきたのかを知ることはできません。
そこで生まれたのが、「エブリデイ・ピース・インディケーター(日常の平和指標)」という考え方です。平和研究者のパミナ・ファーチョウらは、外部の専門家ではなく、そこに暮らす人々自身に「あなたにとって、平和が戻った“しるし”は何ですか」と尋ねました。
返ってきたのは、驚くほどささやかな答えでした。「市場に作物が並ぶ」「お祭りが予定どおり開かれる」「夜、犬が吠えていない」「隣の人と世間話ができる」「夜に家の電気がついている」「子どもが外を歩いている」「歌う声が聞こえる」――。統計には決して現れない、でも当事者にとっては何より確かなしるしです。
私は、この考え方がとても好きです。内戦のある地では、たとえば「夜中に、一人で外のトイレに行ける」ことが、銃撃が止んでいることのしるしになる。「朝、鳥の声が聞こえる」ことが、爆撃の音にかき消されない日常が戻ったしるしになる。大きな数字ではなく、暮らしの手ざわりや実感の方が、平和の実態を教えてくれるのです。
職場学習が起こる環境も、これと似たような小さな変化の蓄積だと思うのです。まず現場の一人ひとりに問いかけてみる。「この職場で“いい学びが起きているな”と感じる、ささやかな瞬間はありましたか?」という問いです。
ささやかな瞬間とは、例えばこんなことかもしれません。「いつもは指示を待っていた人が、今日は自分から質問をしていた」「失敗が、笑い話になり、安心して共有された」「先週学んだことを別のチームの人にそっと教えてあげていた」――そんな微細な兆しがその職場独自の指標の土台になります。
これを職場学習の文脈で考えてみると、たとえば「少し背伸びした仕事に手を挙げた回数」「振り返りを言葉にした日数」「教え合いが起きた場面」といった“行動の痕跡”は、ささやかな変化を捉える評価指標の候補になります。ただし大切なのは、こうした候補をリストアップして上司が配ることではなく、何を自分たちの変化の兆しとするかを、現場が選ぶこと。その参加のプロセスそのものが、指標を生きたものにします。
では、こうした兆しは、いつ、どんな形で捉えていけるのでしょうか?
「そんな記録をとる余裕がない」という声もあるかもしれません。
しかし、これは、新しい仕事を増やす話ではないと思うのです。
こうした兆しは、1on1のメモや、日報、チャットの片隅から拾えます。すでに交わしている会話の中で、少しだけ「意識的」に見つめ直すことです。すでに1on1を実施している方々は、思い出してみてください。近況を聞き、困りごとを拾い、解決のアイデアを一緒にみつける。そこにはすでに、経験学習のサイクルの要素が入っています。
足りないのは新しい仕組みではなく、「いま、いい兆しが出たな」と気づき、ほんの少し意識を向けること。それがスタートになります。
指標には、大きな落とし穴があります。
まず、「指標」という言葉が出ると、業績評価や人事評価と連動してしまう、ということが起こってしまいがちです。しかし、指標を賞罰に直結させた瞬間に、さまざまな悪影響が出てきます。
日常の職場学習環境づくりに向けた変化を捉えるための指標であったはずが、「この数字が人事評価に響く」となった途端、人は数字あわせを始め、学びが防御に変わってしまう。これは、社会心理学者のキャンベルが半世紀前に警告した、社会のあらゆる指標に共通する重力のようなものです。ですから、毎日の指標は、査定や賞罰から切り離して、あくまで「対話のための素材」として使います。
日々の変化を捉える目的は「判定」ではなく「改善」とすることで、変化を確かめるための手鏡のような機能を果たします。
優越をつけたり、競い合うための指標にうっかりすり替わってしまわないように、注意をする必要があります。
「いい指標があれば頂けますか」
私が伴走させていただく組織では、必ずリクエストされます。
「いい指標」「汎用性が効く指標」、聞こえはいいですが、そのような完璧なものはありません。
「誰か他人が作った」指標は、いつのまにか“正しさ”や“優劣”を、人に突きつけてしまうからです。
だから「どの行動を、どの価値を、指標として拾い上げるか」は現場の一人ひとりが、何を大切にして働いているのかに耳を澄ませながら選ぶ。
指標づくりは、「正しさ」で押し切る作業ではなく、まだ言葉になっていない大切さを、みんなですくい上げる作業なのです。
実際に、経営陣や専門家が一方的に指標群をテンプレート化して配布するより、現場と一緒につくるほうが、ずっとうまくいく場合が断然多いです。専門家が正解を握っているのではなく、職場の皆さんで知恵を持ち寄って作り上げていく方が、2年後、3年後に確実によい変化が生まれています。ただし、普段は当たり前すぎて見えなくなっている自分たちの価値を「言語化」する作業は、意外と難しいものです。
正解を教えてもらうためではなく、自分たちの正解を一緒に紡ぎ出すための「プロの視点や問いかけ」を借りながら進めていくことが、形骸化させないための大きなポイントになります。
次回は、現場の「見えにくい努力」を、どうやって言葉にしていくのかについて、その最初の一歩をお話しします。
第1回 連載開始にあたって:エグゼクティブアドバイザー・津崎たからさんをお迎えして
第2回 なぜ、人財育成の成果は「見えない」のか?
第3回 評価が教えてくれる、人を動かす「ものさし」の作り方
第4回 学びの9割は、現場にある。——毎日の何気ない仕事から、“ものさし”はつくれるのか?(本記事)
第5回 現場の「見えにくい努力」を、言葉にすることから始めよう
第6回 津崎さん×SLH対談記事(前編)
第7回 津崎さん×SLH対談記事(後編)

津崎たから / Tsuzaki Takara
エグゼクティブアドバイザー
合同会社 TAKARA Standard 代表社員
「事業や組織の営みの本質的な価値とは何か」を問い続ける評価学の研究者・実践者。 米Macalester College卒、London School of Economics社会政策・NGOマネージメント修士号を取得。現在Western Michigan Universityの学際的評価学の博士課程に在籍し、世界基準で評価研究に従事。 20年以上にわたり、国連機関、金融機関、自治体、NPO、医療、社会福祉、国際協力等の分野で活動。国内外の査読付き論文・学会発表多数。2023年日本評価学会奨励賞受賞。
【参考文献】
Campbell, D. T. (1979). Assessing the impact of planned social change. Evaluation and Program Planning, 2(1), 67–90.
Firchow, P. (2018). Reclaiming Everyday Peace: Local Voices in Measurement and Evaluation after War. Cambridge University Press.
Firchow, P., & Mac Ginty, R. (2017). Measuring peace: Comparability, commensurability, and complementarity using bottom-up indicators. International Studies Review, 19(1), 6–27.
Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Prentice-Hall.
Marsick, V. J., & Watkins, K. E. (1990). Informal and Incidental Learning in the Workplace. London: Routledge.
McCall, M. W., Lombardo, M. M., & Morrison, A. M. (1988). The Lessons of Experience: How Successful Executives Develop on the Job. Lexington Books.
日本語でさらに学びたい方へ
中原淳 (2010)『職場学習論:仕事の学びを科学する』東京大学出版会.
中原淳 (2012)『経営学習論:人材育成を科学する』東京大学出版会.
松尾睦 (2011)『職場が生きる 人が育つ「経験学習」入門』ダイヤモンド社.
森田晃子・野添晃司・石津茉歩・小久保佳祐 (2024)『自ら学び、未来に活躍する人財が育つ WPL3.0』ディスカヴァー・トゥエンティワン.
「研修は改善されたが、現場の行動変容や成果に繋がらない」「社員の自律的な学びや、上司の育成支援が進まない」。 そんな人材育成の壁に直面していませんか? 本講座は、不確実なビジネス環境下において、「職場そのものを学びの場に変える」ための新たなアプローチ、「WPL(ワークプレイスラーニング)」を習得するプログラムです。
企業内の人の成長に関することであれば、どのようなことでもお気軽にご相談ください。
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