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人財育成・研修設計に関するお役立ちコラム
どんな職場にも、数字で示せる事実と数字には表れない努力があります。新人にそっと声をかける先輩。動きやすいようにそっと裏で準備を整えてあげる仲間。失敗を責めず、「次いこう」と背中を押す上司。
――あまりにも自然で、まだ名前のついていない働きに目を配ることは、実はとても大事な一歩なのです。
なぜ、「言葉にする」ことが出発点なのか。今回は、評価の人間的な側面についてお話しします。
目次
なぜ「言葉にする」ことが出発点なのか 事例:「特別なことは、何もしていません」「いつものことです」が意味すること 承認は「おだて」ではなく、観察の解像度を上げること 裁かないという評価観 当たり前を対話で引き出す おわりに:評価を裁きから、目標に向けた行動変容のきっかけに評価には、大きな成果を測る前に、「小さな前進」に光を当てる系譜があります。
組織心理学者のカール・ワイクは、社会の大きな問題は、具体的で目に見える「小さな勝利(スモール・ウィンズ)」の積み重ねによってこそ動く、と論じました。経営学者のアマビールらも、7社26チーム238名から集めた1万2千件を超える日々の記録を分析して、人のモチベーションを最も高めるのは、意味のある仕事における“日々の小さな進捗”だと突き止めています。
見えにくい努力を言葉にすることは、成果が出るより前に動いている“前進”そのものを可視化する、きわめて評価的な行為なのです。
私は長年、評価の実務と研究の両方の世界にいます。国連機関から医療・福祉の現場まで、数値化できるデータの収集分析と、測れない価値を言葉で可視化する仕事に携わってきました。いわゆる、定量調査と定性調査、さらにそれら両方を組み合わせて行う混合法という社会調査の手法を援用した評価手法やアプローチです。
どのような業種・業界の現場に入っても、毎回同じような場面に遭遇します。
例えば、ある福祉の現場で新しい取り組みを導入する場面では、スタッフの方々が口をそろえておっしゃるのです。「私、特別なことは何もしていません」「いつもやっていることですから」。
その職場やその地域に価値を生み出すきっかけになっているであろう言動なのに、「特に、何もしていません」「わざわざ報告するようなことではありません」でインタビューが終わってしまうのです。
この言葉を、私は頻繁に聞いてきました。日本の職場らしい「謙遜」といえばそれまでですが、ご本人たちは謙虚さを通り越して、本当に見えていないのかもしれない。ある時から、そう思うようになりました。
「見える」「見えない」は、能力の優劣の話ではありません。あまりに日常に溶け込んでいて、本人にはそれが「価値」として認識されなくなっているのかもしれないと感じました。
ある離島の診療所では、こんなことがありました。
人口2000人ほどの離島の診療所の先生が、手描きのイラスト満載の「お便り」を、月に一度、島の住民全員に配っていらっしゃいました。
診療所まで交通手段がない高齢者が多く住む離島では、病気になったりけがをしたりしても、医療サービスへのアクセスが本土と比べて難しい場合が多いという実情があります。それぞれのご家庭での、日々の健康を維持するための生活習慣が非常に大事で、「予防」を強化することは医師としての大事な仕事でもあるのです。
そこで、診療所の先生は些細な日々の注意点をユーモアを交えて書いた手書きの「お便り」の発行を思いつきます。数にすれば、年に10回ほど、A4サイズの紙です。しかし、その一枚が、独居の高齢者の暮らしを支えていました。
特にコロナ禍で住民同士の交流が断絶されていた時に、深く思いつめていた高齢の住民の命を救い、後にお礼を直接医師に伝えにいらっしゃった、というエピソードがあります。
数字だけを見れば「月1回通信を発行した」という一行の報告を所轄の担当部署に送って終わります。その数字には、色も、形も、感情もありません。けれど、1枚の通信の受け手側にある「1」という数字の奥には当人にしかわからない「命を救ってもらった」という大きな変化があったのです。
可視化とは、高度な測定技術のことではありません。人の行動や感情を動かす原動力を持った数字や行為を拾い上げ、言葉で表現するという、素朴な一歩のことなのです。
ここで、一つ大事な区別をしていきたいと思います。
誰かの努力や配慮から生まれた行動を言語化することは、むやみに褒めることやおだてることとは異なります。事実にもとづいて、「あなたのこんな行動が、こういう意味を持っていた」と、具体的に言葉にすること。それが「承認」です。
「すごいね」「頑張ってるね」だけでは、実は、あまり届きません。抽象的すぎるからです。
誰のどのような声かけや言葉で、何が動いたのか、そしてどう変わったのか(変わるきっかけをつくったのか)を具体的に返すことで、はじめて人は「見てもらえた」と感じます。
承認とは、観察の解像度の高さでもあるのです。
そして、承認にはそれが有効に起こる順番があります。
まず「見る」 → それに「名前をつける」 → その「意味・意義」を説明する。すると、人はその行動を再び選ぶようになる、と言われています。
この順番には、研究上の裏づけがあります。
アマビールらは、社員の日誌を分析するなかで、進捗を支える関わりとして「小さな前進に気づくこと」と「その努力を認めること」を挙げました(Amabile & Kramer, 2011)。ワイクの「スモール・ウィンズ」も、小さな成果を目に見えるかたちにすること自体が、次の行動を呼び込むと論じています(Weick, 1984)。
教育評価の分野を見てみると、学習者に「次にどうすればよいか」が伝わるフィードバックこそが学びを前に進めることが示されており(Black & Wiliam, 1998)、率直に話せる場があるほど、チームの学習行動が起きやすいことも分かっています(Edmondson, 1999)。
見る・名前をつける・意味を説明するという流れは、これらの知見を日々の職場に置き換えたものです。

承認は、この順番で回る(Weick, 1984/Amabile & Kramer, 2011/Black & Wiliam, 1998 をもとに作成)
エンゲージメントや定着とは、この一連の流れの後についてくる「結果の指標」です。先に動かさなければならないのは、日々の承認という行動なのです。
もう一つ、現場で学んだことがあります。
困難な状況でも職場環境が良い状態に保たれる現場には、共通点がありました。それは、うまくいかないとき、人を責めないのです。もちろん人に原因がある場合は忠告をしたり、同じ失敗を起こさないような取り組みが必要です。しかし、うまくいかないことが起こる時、その原因の一部は環境や構造(慣習・仕組みも含む)に起因することも多いのです。「その人が悪いのではなく、構造がそうさせている」と捉えて、職場の構造を良くしようとする。できていない個人を裁くのではなく、職場環境全体を見渡して、職場環境の構造にアプローチすることも参考になる観点だと思います。
見えにくい努力であるほど、本人が「当たり前」だと思って、語らない現実があります。だからこそ、問いにも工夫が要ります。
「今週、たいしたことでないけれど、そういえば、と思う地味な工夫をしましたか?」――そう聞かれて初めて、人は普段わざわざ自分からは言わないことを、言葉にできるのかもしれません。
評価において「対話」を大事にする理由は、そこにあります。水面下にある、普段は表に出てこない価値に焦点をあて、本人が思い出しやすいかたちで引き出す工夫が必要です。大げさにならないよう、たとえば廊下ですれ違いざまに、「さっきの対応、よかったね。どう考えて動いたの?」。そんなちょっとした聞き方の工夫で、人は自分のささやかな言動の裏にある想いや意図を、言葉にしはじめます。
そして、見えにくい努力に名前がつくことで、職場は、安心して挑戦できる場になっていきます。率直に「今回は、失敗しました」「でも改善できるアイデアをもらいました」と言えるチームほど、よく学び、よく育つ――これも、研究がくり返し示してきたことです。
総括的評価こそが「正しい評価」だと思われてきた時代が長かったために、私たちは「どのような評価を下されるのか」と評価を怖れ、現場では身構えることが多かったのだろうと思います。
第3回のコラムでご紹介したとおり、評価には形成的評価という形も存在します。人財育成・職場学習における形成的評価は、学習や業務遂行のプロセス(過程)の途中の段階で、リアルタイムかつ継続的に進捗状況を確認し、改善・改良につなげていく方法です。最終的な成績や査定のためではなく、「気づき」や次の行動への「軌道修正」を促すことが目的です。
現場のニーズや目標に合わせて、評価の役割も変えていく時代です。
評価を裁きとして粗探しや減点に使うのではなく、目標に向かって行動変容を起こしやすい職場づくりや、仕組みを変えるきっかけになるような応援や伴走ができるよう、私自身も現場で試行錯誤しながら挑戦していきたいと思います。
私がSLHの皆さんとご一緒に活動させていただいているのも、まさにこの点に理由があります。単なる型通りの研修や制度導入にとどまらず、現場の文脈に泥臭く寄り添い、当事者たちの対話から「生きた指標」を一緒に紡ぎ出そうとされるSLHの姿勢は、評価学の視点から見ても非常に本質的で、ワクワクするような面白さを感じています。学術的な知見をただの理論で終わらせず、現場の力に変えていくパートナーとして、これからも一緒に試行錯誤を重ねていきたいと考えています。
第1回 連載開始にあたって:エグゼクティブアドバイザー・津崎たからさんをお迎えして
第2回 なぜ、人財育成の成果は「見えない」のか?
第3回 評価が教えてくれる、人を動かす「ものさし」の作り方
第4回 学びの9割は、現場にある。——毎日の何気ない仕事から、“ものさし”はつくれるのか?
第5回 現場の「見えにくい努力」を、言葉にすることから始めよう(本記事)
▼Coming Soon
第6回 津崎さん×SLH対談記事(前編)
第7回 津崎さん×SLH対談記事(後編)

津崎たから / Tsuzaki Takara
エグゼクティブアドバイザー
合同会社 TAKARA Standard 代表社員
「事業や組織の営みの本質的な価値とは何か」を問い続ける評価学の研究者・実践者。 米Macalester College卒、London School of Economics社会政策・NGOマネージメント修士号を取得。現在Western Michigan Universityの学際的評価学の博士課程に在籍し、世界基準で評価研究に従事。 20年以上にわたり、国連機関、金融機関、自治体、NPO、医療、社会福祉、国際協力等の分野で活動。国内外の査読付き論文・学会発表多数。2023年日本評価学会奨励賞受賞。
【参考文献】
Amabile, T. M., & Kramer, S. J. (2011). The Progress Principle: Using Small Wins to Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work. Harvard Business Review Press.
Black, P., & Wiliam, D. (1998). Assessment and classroom learning. Assessment in Education: Principles, Policy & Practice, 5(1), 7–74.
Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
Weick, K. E. (1984). Small wins: Redefining the scale of social problems. American Psychologist, 39(1), 40–49.
日本語でさらに学びたい方へ
エイミー・C・エドモンドソン (2021)『恐れのない組織:「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(野津智子 訳) 英治出版.
テレサ・アマビール、スティーブン・クレイマー (2017)『マネジャーの最も大切な仕事:95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』英治出版.
中原淳 (2017)『フィードバック入門:耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術』PHP研究所.
「研修は改善されたが、現場の行動変容や成果に繋がらない」「社員の自律的な学びや、上司の育成支援が進まない」。 そんな人材育成の壁に直面していませんか? 本講座は、不確実なビジネス環境下において、「職場そのものを学びの場に変える」ための新たなアプローチ、「WPL(ワークプレイスラーニング)」を習得するプログラムです。
企業内の人の成長に関することであれば、どのようなことでもお気軽にご相談ください。
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