コラム

人的資本経営を加速させる
製造業職場学習(WPL)実態調査が示す
「質の向上」と「意識的な実践」の重要性
—製造業における「学びのエンジン」を再起動させるために—

近年、企業経営における最重要テーマとして「人的資本経営」が注目を集めています。
有価証券報告書での情報開示義務化が進む中、「人財=資本」として積極的な投資が求められる時代において、企業の持続的な競争力は、従業員一人ひとりの自律的な「学び」と「成長」に直結します。
しかし、多くの日本企業では、OJTや1on1などの非形式学習である「職場学習(WPL)」よりも集合研修に依存する傾向が強く、職場の「学習文化」や「学習の仕組み」が十分に整っていないという課題を抱えています。

 

そこで、本調査は、職場学習の仕組みを経験学習サイクルと関連させ、その実態把握と、職場学習の仕組みを機能させるメカニズムを明らかにすることを目指し、一般社団法人ラーニングプロセスデザイン協会(LPDA)とサンライトヒューマンTDMC株式会社が共同で、日本の製造業を対象に実施いたしました。

 

本調査レポートは、日本企業における職場学習の現状や課題を明らかにするとともに、職場での学びを促進するための実践的なヒントを得ることを目的としています。

*本調査では、書籍『自ら学び、未来に活躍する人財が育つ WPL3.0 ワークプレイスラーニングの理論と実践』における職場学習の概念を採用しています。

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調査概要

■調査対象と方法

本調査の名称は『職場学習に関する実態調査(製造業編)』です。

■調査に用いた職場学習の概念

本調査では、職場学習(WPL)を「個人や組織のパフォーマンスを改善する目的で実施される学習とその他の介入の統合的な方法」と定義し、企業内では「仕事を通じた学び」を指します。
これは主に①経験学習②上司・先輩・同僚からの学び(OJT、1on1、対話など)③Webや書籍などを利用した情報での学びの3側面から構成されます。

経験学習を効果的に回すための要素として、以下の3つを調査対象としました。

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主要な調査結果のサマリー

本調査の結果、主に「職場学習に対する認識」と「職場学習のメカニズム」に関して重要な知見が得られました。

■職場学習に対する認識と実践の現状

  • 認知度は低いが、重要性は認識されている

    職場学習という言葉の認知度は低く、全体で51.0%が「全く知らない」と回答しました。特に一般社員層では55.1%が「全く知らない」と回答しています。一方で、「職場学習は重要である」とする意識は比較的高く、全体の64.3%が肯定的に評価しています。
    ➡効果的な推進には、まず認知度の底上げと、具体的な学習機会・成果の可視化による実感の醸成が不可欠です。

  • 実践度は低く、効果を実感できていない

    職場学習への実践状況は限定的であり、「熱心に取り組んでいる」との回答は全体のわずか5.1%にとどまりました(肯定的な評価は合計36.4%)。
    また、成長への有効性を問う「有効に機能しているか」についても、「とてもそう思う」は6.6%にとどまりました(肯定的な評価は合計40.5%)。「どちらともいえない」が41.8%と最多であり、明確な効果を実感できていない層が多いことが明らかになりました。
    ➡実効性を高めるためには、取り組みの「量」だけでなく、取り組みの「質」を改善して現場での職場学習の納得感や成長の実感を醸成することが重要です。

 

■一般社員と一次管理職の間にある構造的な認識ギャップ

職場学習を推進する3つの主要要素(経験学習マインド、部下の学習支援、職場学習環境)に関して、一般社員と一次管理職の間に明確な認識の違い(ギャップ)が存在することが明らかになりました。

特に「部下の学習支援」と「職場学習環境」の2要素において、一次管理職のスコアが一貫して高く、管理職が考えるほどには、一般社員は支援や環境を実感していない可能性が示唆されました。
 このギャップは、各要素のカテゴリー別、個別項目別といった細分化されたレベルでも共通しており、構造的なギャップであることがうかがえます。
ただし、全ての要素・カテゴリー・項目において、平均スコアが5.0(「ややあてはまる」)を下回っており、一般社員・管理職を問わず、職場学習の実践や環境整備が十分に機能していない現状も浮き彫りになりました。
➡この認識ギャップを埋めるためには、職場学習の実態や成果を可視化し、上司と部下の間で共通理解を醸成するような取り組みが不可欠です。

■技術系職種における課題

一般社員の職種別分析では、技術系職種が全ての要素で最も低いスコアを示しました。

特に「部下の学習支援」(4.2)や「職場学習環境」(4.3)のスコアが低く、技術系の一般社員は他の職種(事務系/その他)に比べて、上司の支援が得られにくく、学習環境も整っていないと感じている傾向が見られました。
一方、一次管理職の職種間では大きなスコア差は見られなかったことから、技術系職種においては、一般社員と管理職の認識ギャップが特に大きい可能性が示唆されます。
➡技術系職種における職場学習の実践や支援のあり方について、より重点的な見直しと改善が必要であると考えられます。

 

■職場学習のメカニズム

3つの要素間の関係性を分析した結果、以下のメカニズムが示唆されました。

  • 上司による学習支援は、部下の経験学習マインドセットを高める

    上司の学習支援と経験学習マインドセット全般との間に、相関係数0.72という高い正の相関が確認されました。
    従業員が「支援されている」と感じること自体が、学習への動機づけにつながり、結果として経験学習マインドセットを高める可能性が示唆されています。

  • 「内省支援」と「成長支援」が特に有効

    上司が行う学習支援の中でも、従業員が自身の経験を深く振り返る機会を提供する「内省支援」は「批判的内省」(相関係数0.60)に、また自身の成長を実感できる機会を設ける「成長支援」は「学習志向」(相関係数0.52)に対し、高い正の相関を示しました。
    これは、単なる業務指導ではなく、内省や成長の実感を促す上司の積極的な関わりが、従業員の自律的な学びの姿勢を育む上で特に重要であることを示しています。

  • 職場学習環境は、学びの「土壌」として機能する

    職場学習環境全般は、経験学習マインドセット全般(r=0.68)と上司の学習支援全般(r=0.69)の双方と正の相関を示しました。
    心理的安全性、挑戦的な仕事の提供、仕事のやりがいの醸成といった環境が整っていると、従業員の内省や挑戦意欲が高まると同時に、上司自身も積極的に支援行動をとる傾向が強まります。
    職場学習環境は、従業員と上司双方の学びの姿勢を支える基盤、すなわち「土壌」としての役割を担っていると考えられます。


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職場学習実践に向けた示唆

本調査の結果は、日本の製造業における職場学習をより効果的に推進するための、以下の重要な示唆をもたらしました。

  • 職場学習の「質の向上」と「意識的な実践」の必要性がある

    職場学習は重要だと認識されていますが、その実践度と有効度は低い現状が明らかになりました。このギャップを埋めるためには、単に「行われている」だけでなく、有効な実践方法を用いて意識的に職場学習に取り組むことが求められているという内容となりました。
    みなさんの職場でも、様々な職場学習に取り組んでいることと想定しますが、具体的な学習機会の可視化や成果の共有を通じて、現場での従業員の成長実感と職場学習の納得感を醸成することが大切なのではないでしょうか。

  • 一般社員と一次管理職の「認識ギャップ」への対応

    上司は学習支援や環境が整っていると考えている一方で、部下はそう感じていないという明確な認識の差があったことが今回のレポートから分かりました。
    このギャップを埋めるためには、上司と部下間での対話を通じて相互理解を深め、期待値や現状の認識を擦り合わせることが不可欠ということが言えます。特に技術系職種においては、このギャップが顕著であることが分かったため、職種特性を踏まえたより丁寧なアプローチが求められるでしょう。

  • 相関関係を活かした「包括的な学習デザイン」の重要性

    「経験学習マインドセット」、「部下の学習支援」、「職場学習環境」の3つの要素は互いに正の相関関係にあり、それぞれが高まることで他の要素も高まる可能性があることが分かりました。
    職場学習を推進し、従業員一人ひとりの学びの促進のためには、これら3つの要素全体を視野に入れた包括的な「職場学習の実践方法」をデザインすることが効果的であると考えられます。
    早速実行に移すとしたら、例えば、上司による内省・成長・自律支援を強化するようなコミュニケーションを図ったり、心理的安全性や挑戦機会のある職場環境になっているかの点検を行い、不足があれば整備をし、モニタリングする仕組みを取り入れていくと良いのではないでしょうか。

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おわりに

本調査を通じて、日本の製造業における職場学習の現状と、その効果的な推進に向けた重要な手がかりが得られました。

皆様の職場において、従業員の学習が促進され、成長の機会を最大限に引き出すためには、まずは現在の職場における職場学習の現況を確認し、本レポートで示唆されたポイントを踏まえて意識的に職場学習をデザイン・実践することが重要です。
その際には、部下と上司の職場学習に関する認識のギャップに注意を払い、部下の経験学習マインドセットが高まるように、上司による部下への学習支援方法や職場学習環境の整備を進めてみてはいかがでしょうか。

サンライトヒューマンTDMCとLPDAは、引き続き職場学習の「メカニズム」を更に紐解く事によって、「包括的な学習実践方法」のデザインを深めていく所存です。これらの知見を活かし、企業における人材育成の質を高め、従業員一人ひとりの自律的な学びと成長を支援することに貢献していければと思います。


【分析・監修・執筆】

早川勝夫
ラーニングプロセスコンサルタント
教授システム学修士、認定アクションラーニングコーチ、コンプライアンスオフィサー 
外資系製薬会社にて営業を経験後、営業戦略、新製品発売、営業生産性向上、人財開発といった分野でマネジメントに従事。特に、「何のための研修か目的が分からない」という現場の違和感を原点に、自力で研修から教育システム全体を試行錯誤し、改革を推進。HPI に基づく仕組みづくりを通じて、個人と組織のパフォーマンス最大化を実現しました。
この現場での実践と熊本大学教授システム学での体系的な学習の経験に基づき、「課題解決は、自律的に学ぶ人財を育む仕組みとプロセス設計から始まる」という確信を持つ。
ビジネスプロセス改善やWPLの理論を、自身の現場での成功と失敗に裏打ちされた知見として提供。皆様の組織が継続的に成果を出し、人が輝き続ける仕組みづくりを「実践的に」ご支援します。

 

山道弘信
ワークプレイスラーニング コラムニスト

経営学修士(MBA)、国家資格 キャリアコンサルタント 
素材メーカーにて日本・欧米・アジアの拠点で製造、開発、経営マネジメントを経験。全社横断プロジェクトや新組織の立ち上げにも携わり、多様な文化や価値観の中で人と組織の成長に向き合ってきた。
職場は単なる作業の場ではなく、学びと成長が渦巻く場であるという信念を持つ。
人が成長実感を得た瞬間に放つ輝きと、それが組織に与える力に魅了され、どんな職場でも学習の場になり得るという思いから「ワークプレイスラーニング(WPL)」の連載を開始。経験を通じて得た気づきを言葉にし、働く人々の学びを後押しする。

 


 

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