対談・インタビュー
自ら考え、成果をあげる人材を育てるために
教育担当者に求められること。
~MR教育編~
自ら考え、成果をあげるMRを育てるために、必要なことは何か―――。 日本におけるID理論の第一人者である鈴木克明教授をお招きし、製薬企業の人材教育における課題について伺いました。
より多くの時間をアウトプット訓練に割く方法を考える
森田:研修担当の方に最近よく聞かれるのは、アウトプットの訓練方法についてです。研修の最後に少しだけ時間をとり、全員の前で代表の数組だけロールプレイングをするというのを見かけたりしますが、IDの観点から、どのようにアウトプットの訓練を行えば成果に結びつくのでしょう。
鈴木:限られた時間の中で、より多くの時間をアウトプットに割く工夫が必要です。インプットの学習は各自が事前に済まし、研修の冒頭でテスト(前提テスト)をしてポイントを確認したら、すぐにアウトプット系の研修に移ること。そしてもうひとつは、アウトプットの狙いを明確にすることです。チェックリストを作成して、各自ができること、できないことを把握させていく。そのチェックリストというのは、MRが営業の現場で求められる課題が反映されたもので、それ自体が評価項目でもあります。
森田:およそこのような研修の流れですね。(図1) アウトプット研修で評価したチェックリストを用いて、上長が現場同行の時にも同じ観点で評価すると行動変容も測定できますね。
鈴木:Off-JTとOJTがつながると理想的ですね。
森田:チェックリストの作成を担う研修の企画担当者やトレーナーは、現場を離れてしまっているために、現場で起きていることを把握しづらい可能性もあるのですが。。。
鈴木:研修担当の方がMRに同行して、何が問題であるのか確認できれば理想ですが、それが無理なのであれば、コミュニケーションの手段を工夫して(営業所長にヒアリングする、所長をチェックリスト作成に巻き込むなど)、現場の問題点を汲み取り、クリアにするニーズ分析が必要ですね。
そしてそのニーズに即した研修を行う。例えばコーチングについての研修をするとして、それが現場で実際に起こっているどの問題点の解決につながるのかをはっきりさせないと。流行っているからコーチングをするというように、そのこと自体が目的になってはいけません。
MRの"知"をいかにMRの学びに活用するかを追求する
森田:やはり現場のニーズを把握し、分析した上で行う研修でなければ、効果を求めるのは難しいということですね(まさにADDIEモデルのA分析)。製薬業界はプロダクトアウト的な発想で、例えば、製品ディテールを1カ月で300コールというような指導が行われます。研修では、そうしたキーメッセージのMRへの落とし込みや資材の紹介がメインになりがちで、どうしたらより効果的な研修になるかという相談をよく受けます。
鈴木:最前線でのニーズは、研修には反映されていないのですね。では、米軍の例をお話ししましょう。軍隊といえばトップダウンのイメージですが、それは昔の話。現在では刻々と変化する最前線の最新情報が重視されるので、現場の頭脳に自由裁量権が与えられ、集まった情報をどのように集約するのかということに、中枢である本部がフレキシブルに対応しています。
森田:現場の声が本部に伝わり、それが研修に反映されている企業はまだまだ少ないと思います。MRはドクターにキーメッセージを伝えた結果をSFAシステムに入力し、本社はその結果を確認し集計し、全MRが閲覧できるのですが、なかなか有効活用しきれていないところがあります。。MRは、他のMRの活動内容にはとても興味があると思うんです。出来るMRは会社の情報レポートを手際よく検索し、自分の活動に活かしていると思うんですが、それがシステマティックに水平展開はされていないと思うんです。
鈴木:貴重な現場の体験をどう活かすかですね。成功例、すなわち難局をどう切り抜けたかという自慢話や、失敗談の共有に取り組んでいる企業は他業界だと数多くありますよ。とくに失敗談を話すことには誰しも抵抗がありますから、それを打ち明けやすい企業文化を育むことが必要です。MRが自発的に現場の貴重な情報を記入し、それを整理し活用できるようにしないと。
森田:各社ともに「自ら学ぶMR」を求めていながら、公正競争規約やプロモーション違反などのこともあり、MRのディテール活動にしばりをつけざるを得ない状況もあって、MRの"知恵"が集約しづらいところもあるんですよね。
鈴木:そうしたリスクの管理は必要だとしても、もっと社員を信用して、現場に創意工夫ができる余地は残しておかないと。最前線に立つMRが一番情報を持っているわけなんだから。
森田:そうしたナレッジマネジメントの仕組みとそれを活かしたスキルアップのトレーニングを上手くデザインできるといいですね。
現場上司とMR教育担当者が共通の目的に向かっていかに連携するかが鍵。
森田:現場に近いということで責任を持っているのが、営業所長というポジションです。彼らはOJTを含めたMRの教育にも労力を割いています。
鈴木:育成した部下が売ることで、自身の営業所の売り上げが上がるわけですからね。
森田:所長になる方は、営業所を任されるだけの実績を残しているわけですから、ハイパフォーマーが多いのですが、指導者としてそのノウハウをどうMRに伝えるかがポイントですよね。
鈴木:自分が売ることができた理由をリフレクションして、成功の要因を書き出し、それを目に見えるようにリスト化して、部下ができているかを確認させます。それが冒頭で述べたチェックリストです。成功体験をノウハウ化することで、ティーチングポイントが絞られてきます。自ら学ぶMRといっても、必ずしもすべてを個人でやらせることはないんです。所長によって経験に基づく道筋が示され、各MRはそれができているか確認し、評価を下し、自発的に課題の発見や目標の設定を行うことで、個々の能力は伸びるはずです。
森田:そうした情報を本部の研修担当者が共有できれば、効果的な集合研修もできるはずですね。私はよく、現場上司はMRにとっての"父"、MR教育担当者は"母"のようなものって話をします。2人が連携していれば、子供(MR)はぐんぐん育つと(笑)
鈴木:なるほど。所長に教育の責任がいくということは、現場を把握していてMRを直接指導できる立場にあるからでしょう。ならば集合研修においても、現場のニーズの重要性を認めて、最前線のMRの意見をきちんと吸い上げることが不可欠。成果につながった場合のインセンティブを含めて、現場の工夫が生かされるための仕組みづくりが、人材育成の観点からも求められています。繰り返しますが、学習を成果につなげるには、その目的を明確にすること。それは現場を預かる所長にしても、研修の担当者にしても、変わりありません。
森田:本日の先生のお話しを伺っていて、ローゼンバーグ(2006)の話を思い出しました(図2)
これまでのMR教育はインプット中心の集合研修を中心に考えがちでしたが、ワークプレイス学習(現場での学び)を中心に捉え、ナレッジマネジメントやジョブエイドなどを有効活用し、上司によるコーチングとひもづける。こういった総括的な学びの環境の中でこそ、自ら学ぶMRが育ち、医療に貢献できるということですよね。
本日は貴重なお話しをありがとうございました。
プロフィール
熊本大学大学院社会文化科学教育部教授・教授システム学専攻長 鈴木 克明
1959年生まれ。Ph.D.(フロリダ州立大学教授システム学専攻)。ibstpi理事(2007-2015)、日本教育工学会理事、教育システム情報学会理事、日本教育メディア学会理事・第7期会長(2012-2015)、日本イーラーニングコンソシアム名誉会員など。
主著に「教材設計マニュアル」、「授業設計マニュアル(共編著)」、「教育工学を始めよう(共訳・解説)」、「インストラクショナルデザインの原理(共監訳)」、「学習意欲をデザインする(監訳)」など。
ウェブサイト:http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/suzuki-j.html
サンライトヒューマンTDMC代表取締役社長 森田晃子
1994年 熊本大学薬学部卒業。製薬企業勤務後、
2007年 株式会社サンライトヒューマン設立。
2010年 熊本大学大学院 社会文化科学教育部 教授システム 学専攻修了。
2011年 TDMコンサルティング株式会社設立。
主に医療分野(製薬企業や病院組織)の教育コンサルティング、トレーナーズトレーニング、eラーニングなどの教材開発を行っている。
日本教育工学会員、教育システム情報学会会員。
2013年より熊本大学大学院社会文化科学教育部 教授システム学非常勤講師。